朝晩の澄んだ空気に透き通ったクリアな景色、そしてしんしんと寒さが身に染みてくると、さぁいよいよお鍋の季節である。あったかい鍋料理をご飯と一緒に頬張るもよし、酒を飲みながら酒肴として箸を進めるのもまた乙である。
しかしそれは世間一般の人達に限られたこと、大相撲の世界の力士達は毎日のようにこの鍋を食す。そう、いわゆる「ちゃんこ鍋」呼ばれるものである。寒い冬はもちろんのこと、たとえ夏の盛りだろうと関係なく一年中鍋を食べる。
力士達の食事は、まず朝食は摂らない。食べてしまうと、もどしてしまうくらい朝稽古がきついからである(もっとも今どきの稽古はわからないが)。基本的に稽古は午前中だけであるが、その短い時間で一気に力を出し切るので、過酷さは想像に堪えない。早朝から稽古に費やした体は全てのエネルギーを出し尽くし、蓄えられていた栄養は完全燃焼し枯渇する。稽古終了時点で食欲は最大値になり、「あー今日もいい稽古が出来た、腹一杯食べて体を労わってあげよう」という気持ちになる。
お昼近くになり、ようやくその日の最初の食事、ちゃんこ鍋にありつけるわけだ。我先にといわんばかりにすっからかんになった胃袋に豪快にかっこむ、鍋だけでなく白ごはんに一品のおかずも同時にバランスよく、美味しく、少しでも沢山食べれるよう工夫をしながら食べる。鍋を様々な調味料で味変したり、納豆などごはんのお供になるものを買ってきたりして、食事の研究に余念がない、これも稽古の内なのだ。
こうして、こころゆくまで腹がはち切れんばかりにちゃんこ鍋を食べ、激しい稽古で失われた水分と塩分をはじめとする栄養を補給し、あの強靭で大きな肉体を作り上げているのだ。しかし慣れない新弟子は稽古のきつさに内臓も疲弊し、胃も働かなくなって最初は食欲が落ちる。これはとても理にかなっていて、それまでについた余分な体の脂肪や肉を一旦削ぎ落とし、そこから徐々に生活にも慣れてくれば、やがては食欲も旺盛になり、質・大きさ共に力士に適した体に変わるのだ。
さて、「ちゃんこ」という語源をご存知だろうか?実は2つの説が伝わっていて、1つは「ちゃん=親、親方(師匠)」と「こ=子、弟子」が仲良く囲んで一緒に食べるということ。もう一つは中国語からきていて「中」が「チャン」、「鍋」が「クオ」で、中国の鍋「チャンクオ」が訛って「ちゃんこ」になったという説である、これらは意外と知られていない。そしてもう一つ皆さんが知らないこと、「ちゃんこ」という言葉は鍋のことではなく、実は「力士の食事」という意味なのだ。唐揚げもハンバーグも、カレーライスも全て「ちゃんこ」に当てはまる。稽古後の最初の食事で大事な栄養補給、大人数でなおかつ大食感の連中が食べるが故の合理性、しっかり熱を通すことで食中毒を防ぐという意味で、一般的に食すというのがお鍋なのである。
おそらくこれがお相撲さんが食べる鍋=ちゃんこ鍋ということで普及したのではないか。お昼は当然お鍋がメインであるが、晩の「ちゃんこ」は普通のおかずのことが多い。それとちゃんこ鍋という独特な言い回しから、何か特別な具材が入ってるのではと想像するかもしれないがそんなことはない。同じ鍋料理でも力士が食べればちゃんこ鍋となり、一般人が食せばただの鍋料理なのだ。と、ここまで細かくこだわる人は誰もいない。皆で仲良く腹一杯満足するまで食べれば、ちゃんこ鍋である。
それでは、私がよく作る「味噌キムチちゃんこ鍋」の作り方を紹介したいと思う。量はここでは申し上げない、それぞれのご家庭にある鍋の大きさに合わせて作っていただければと思う。たくさんの種類の具材が入るので量はそれぞれ控えめを薦める。
まずは材料の紹介から行いたいが、調味料はお味噌に顆粒の鰹出汁、それから市販の瓶詰めのキムチの素を用意していただきたい(普通の白菜キムチでもよい)。お肉は鶏もも肉に豚バラ肉(部位はこだわらなくてもよし)、野菜は人参・大根の根菜に、白菜・青菜系・ニラの葉物類、きのこはえのき・しめじなど、あとはシラタキと薄揚げを準備していただきたい。
次に作成の手順であるが、まずはお鍋に半分くらい水を入れ鶏もも肉と鰹出汁を入れる、鶏肉を水から入れることでぎゅっと固まるのを防ぐためだ。そこから火をかけ、この間に人参・大根を一口大に乱切りに切っていく。鍋の中の鶏肉が薄いピンク色から白に変わり始め、ぐつぐつ沸騰する直前で鶏肉は一旦取り出す。入れ替わりに人参・大根を鍋に入れ、取り出した鶏肉は一口大に切りまたすぐ鍋に入れる、中は生でも構わない、後々火は通る。
このあとシラタキを入れるが、ここでちょっと切り方を工夫する。ざっと洗いまな板の上に楕円形に広げたら、横に真一文字に切り縦に三等分に切る、こうすること食べやすい長さに調整し、なおかつ鍋をよそった時に具が平等に行き渡るようになる。これも入れたら、しばらく全体に火が通るようにする。火は中火でよく、鍋が沸騰し過ぎないように気をつける。途中で一番硬い食材である人参の固さを確認し、少し柔らかくなってきたら、ここで味噌を入れる。調味料を入れる際は火力を最小限にして、優しく味が絡まるようにする。味付けは気持ち濃いめが好ましい、この後もまだまだ入れる具材が多く味が薄まってくるからだ。
味噌を入れ終わったら、ここからは徐々に柔らかい食材を入れていく。後半はキノコ系から入れていくが、えのき・しめじなどを使う場合、石づきを切りしっかりほぐして投入する。先述のシラタキ同様、食べやすさと平等に行き渡るようにするために必要な作業なのだ。人によっては「私だけ〇〇がはいってない!」なんて言い出すかもしれない、食い物の恨みは怖いのだ。
次は葉物野菜である、白菜は硬めの白い部分だけ入れる、大きさは2cm幅くらいをお勧めする。そのあとちょっと順番が複雑になるが、豚バラ肉を入れる、薄切りが好ましい。すぐ火が通るので、鶏と同じタイミングで最初に入れてしまうと相当硬くなり、食感が悪くなるため後半に登場するのだ。大きさは薄切りを三等分、鍋に入れる際気をつけていただきたいのは、丁寧にほぐしながら入れること。これをおろそかにして肉がくっついてまま入れてしまうと鍋の中でそのまま固まってしまい食感が悪くなるし、やはり平等に行き渡らない。なんといっても肉は鍋の花形なのでここは一番気をつけてほしいところだ。このへんでキムチの素を入れ、味の仕上げに取り掛かる。メーカーはどこでも良いのだが私個人としては「エバラ」のキムチの素を推す、たくさんの調味料が入っており味にコクが増す、少しづつ入れるのが好ましい。
色合いが味噌の薄茶色から、ほんのり赤らめてくる。と同時に鍋からは湯気と共に美味しそうな香りが立ち込めてきて、否が応でも食欲がそそられてくる。完成はもう間近、次は青菜系を入れていく。小松菜・ほうれん草・水菜も悪くない。同時に残してあった白菜の緑の柔らかい部分も入れる。最後は薄揚げとニラを投入、これでまた一段とコクが出、見た目も色とりどり鮮やかになる。ここでようやく完成となる。
いよいよ実食、根菜は程よい硬さになり味もしっかり染み込んでいて、たくさんの種類の野菜にお肉も入っているのでさっぱりした中にもコクのある味を堪能でき、味噌とキムチで体も温まり箸が進む。ぜひ皆様も作ってみては。
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【上林義之】
元力士大岩戸、本名上林義之。OfficeOōiwato(オフィスオオイワト)代表。現AbemaTV相撲解説者。相撲の運動を活かして介護施設や保育園・幼稚園で相撲レクリエーションを行っています。その他、講演活動やヘルスケアイベントでの講師なども。お問い合わせは当ホームページよりご連絡ください。